じゃないと手加減できないだろ、俺は達人じゃないんだぞ。取り巻きの山賊が薄ら笑いを浮かべている、いいさ相手を甘く見て居たら良い。
「島殿のお手並み拝見」
荀彧がにこやかに声をかけて来る。そういえばこいつは俺がこうやって戦うのを見たことないもんな。歩み寄ると視線を絡めて真剣に対峙する。何だか感覚が鋭くなっている気がするな!
「行くぞ!」
臧覇が剣を遠慮なく振り下ろしてきた、https://www.easycorp.com.hk/zh/offshore 当たれば痛いでは済まない。片手で剣の軌道に鞘を交差させてぶつけた。
「そうもったいぶらずに全力でこいよ、野次馬が退屈するだろ」
はやし立てる声があちこちから飛んでくる、娯楽なんだこういうのは。臧覇も解っているらしく、一歩下がると姿勢を低くする。
「死にたがるのは良くないぞ、島」
「自慢じゃないが、まだ俺は一度も死んだことがないんだよ」
今度は両手で持って構えた。死んだうちに入ってないよな今までのは。判定は微妙だ。
鋭い踏み込みで衝いてきた、半身をずらして鞘を切っ先にあてて逸らす。今度は弧を描いて首を狙ってくる、交差をさせて真っ正面から受け止めた。
「守ってばかりでは勝てんぞ」
「決定打の無い攻めも同様だ」
ちょっとしたせめぎ合いは戦士の心をくすぐって来る、俺は今この戦いを楽しんでいる。素早い切り込み、不意に出てくる拳、そして虚実織り交ぜた攻撃。それらを全て防ぎきると、最後に柄で太もものあたりを叩いてやって離れる。
「せっかの楽しい見世物だ、昌稀とやらも一緒に掛かってこい。二人の相手をしてやる」
「舐めやがって!」
「兄貴、やっちまいましょう!」 怒りと苛立ちが感じられる。左右に分かれてこちらの首を狙ってきているのが分かるよ。だが今の俺は何故か精神が研ぎ澄まされているかのような感覚で一杯なんだ。
同時に二人が踏み込んできた……かのように見えて、コンマいくつかの差が出来ている。円を描くかのように、弧の一端で昌稀の山刀の先にほんの少しだけあてて角度を変えてやり、くるりと臧覇の剣先を叩いた。衝撃が手に伝わるや否や、昌稀の方に膝を落とし踏み込み体を寄せて右腕同士を密着させる。
「なっ!」
下から斜め上に突き上げるように体重の移動を行うと、弾かれてしまい昌稀が後ずさる。木の根に踵がぶつかり、尻もちをついてしまった。
臧覇が二歩を踏み込んできた。みぞおちを狙い突き出して来る剣にこちらから向かって行く。鞘のど真ん中と剣先をぶつけるようにして、無理矢理に前に出る。
「馬鹿な!」
お前くらいの正確な動きになると、身体の中心をきっちり狙うくらいわけないもんな! 左足を踏み込みで前に出しているのに、右腕が前に出せずに不自然な体勢になった。左肩を押してやり左足を踏んだ、すると見事に左腕を下にして転倒する。
剣を踏んで鞘を顔の前に突き付けてやる。
「どうだ、楽しめたか?」
山賊たちのどよめきがおこった。ついでに張遼と文聘の驚く顔も見れたぞ。荀彧は小さく何度も頷いている。
「参った、俺の負けだよ。あんた強いな!」
「そうか? 世の中には俺より強い奴なんて幾らでもいるだろうよ」
右手を差し出して引き起こしてやると、腰に剣を括りつける。昌稀は勝手に立ち上がったな。
「二人がかりで負けたこっちの気持ちも察しろよな」「連携の訓練をしていたら、俺が対抗出来たかは怪しいぞ? それよりも、山で暮らすのは認めて貰えるのか」
「はっはっは! 当然だ、あんたが勝ったんだから、あんたが頭目になりゃいいだろ」
ふーむ、そういうのはちょっとな。面倒ごとは避けたい。
「頭目は臧覇がやってればいいさ、俺はここで暮らせればそれでいいんだよ」
「そうか、わかった。いいか野郎ども、今からこの島介らは泰山の客人だ! 下手な真似しやがったら俺が許さんぞ!」
おお、勇ましいな。客人か、それがいいな。野次馬等はそんなことはしない、とばかりに両手を挙げて首を左右に思い切り振っている。
「臧覇、俺から一つ提案がある」
「ん、なんだ?」
真剣な表情になり、目を細めて皆の注目を集める。
「こういうときは酒盛りに限る、どうだ宴会でも」
空は晴れている、朝もやが出てくると風が無ければかなり視界が悪い。そんな中で戦いの音だけ近づいてきたらどれだけ怖い思いをするだろうな。応佐司馬を呼んで小道具を用意させる、準備自体は二時間もあれば出来たので問題はなかった。
明日の朝の分の飯まで一斉に炊かせると、戦仕度がバレてしまうらしいから、小口で炊飯をし続けさせて何とか一食を余分に備えさせた。これまた細かいことだが、気づかれたら上手く行かんくなるし、腹が減っては戦は出来ん。
翌朝未明、陽が上がる前に兵を城の外に出して五キロほど進めて左右に広げて待機をさせる。軽い土木工事を行わせて、北側からの敵襲に有効な防備を転々とさせた。強固なものは要らないんだ、ちょっとした注意を引いてくれたらそれでいい。
早すぎる朝飯、https://www.easycorp.com.hk/en/incorporations 握り飯を一個だけここで食わせておく。あまり腹に入れると動きが悪くなるのと、何より負傷したときに死に直結してしまう。太陽が登って来ると、今度ははっきりと黄巾賊の集まりが居るのが視界に入る、こちらが見えているんだからあちらからも見えているはずだ。見張りがそこまで勤勉かは知らんぞ。
「始まったな」
何か声が聞こえてくると、人が慌てて動き出すのが見えた。あちこちで火の手があがるのも確認された。その場に留まって戦っているのは少しのうちだけ、そのうち陣から何処かへ離れていく奴の姿も見えるようになる。
「霧が出ます!」
濡れた地面が太陽光で熱せられて、地表付近に白いものが発生した。これで腰位までの様子は見えんぞ。姿勢を低くして、簡易土塁――といっても膝位までの高さしかない――の後ろで待機を続ける。 それなりに大きな集団、恐らくは千は居るだろう奴らが近づいてくる、逃げているだけだろうが。あと五百メートルといったあたりまでやってきたところで「立ち上がれ、声をあげろ!」一斉に起きて軍旗を掲げさせた。
「うぉぉぉ!」
突然現れた漢軍に黄巾賊が足を止めて驚く。横に広がり、旗だけ五本、十本と持たせたやつを後ろに配置したものだから、こちらの本隊がいるかのように見えただろう? そも意気地なく逃げてるような奴がこれを突破して行こうと思うかどうか、答えは見えている。下がれず、進めずで東西に割れて走って消えて行った。
統率を失った兵など体を為すものではない、これを促進させる。
「この場は千人長に任せる、半数は俺について来い、敵を全滅させるぞ!」
一旦西へと進んでから北上する、途中で少数の黄巾賊と会うたびにそれを切り捨てながら数キロ進む。混戦になっている張遼と敵の本隊、意外と粘っている奴も居るな。
「本隊もこれより黄巾賊の本陣へ切り込む、続け!」
千人ではさしたる衝撃力は無い、だが今後もいくら現れるかわからないのに平静を保って居られるかは別だ。
「か、官軍の増援だ!」
「囲まれているぞ!」
「逃げるんだ!」
賊が十人、二十人であちこちへ逃げていく。本陣の黄色い大きな旗が倒されるとそれは一層顕著になった。代わりに荊州の旗が掲げられると、黄巾賊は我先にと逃げ出していった。
「敵を掃討しろ!」
勝ち戦だと敵味方に刷り込ませる、もう指揮系統は乱れに乱れて組織的な動きなど出来なくなっているからな。さて俺はこんなことにかまけている場合ではない。「千人長、本隊は東へ進んで典偉と呼応して動くぞ!」
集合の銅鑼を鳴らすも七割ほどしか集まって来ない、それだけで見切りをつけて小走りで東へと向かう。
「俺が認めるのは結果だ。楊射声校尉、お前がきっちりと功績を上げたらその言を認める。だが――」正面に向き直り「口だけだった場合は相応の措置をとる。解散しろ」
厳しい態度で諫めるも、士気を保つ為に結果が全てと断言する。戦争が終わった後に裁かれるのは俺の方かも知れんが、仲間を侮辱されて穏やかで居られるはずがない。
側近らを引き連れて北門から入って来る集団を見に行く、すると妙にカラフルな軍旗が目立った。奇妙な文様も多く、hong kong international school price 俄かにどこの勢力か解らなくなる。
やたらと大きい男が右手をふって小走りに近寄って来た。
「伯父貴ではないか、久しぶりだな、ははははは!」
「馬金大王か!」
相変わらずだな、それにしても体格が良い兵ばかり。南の方が体が成長しやすいんだろうか。南蛮から兵を率いてきているようで、他にもどこかで見たことがある王や洞主らが複数いた。
「親父殿の名代で南蛮軍十万を連れて来た、ここには一万しかいないが、一か月以内に残りが到着の予定だ」
一気に二倍の兵力に膨れ上がるのは嬉しいが、補給の苦労も即座に二倍だ。この分だと京に積んだのもすぐに溶けるな、まあいいさ。
「加勢に感謝する。春にはなったがまだお前らには寒いだろう、行軍がきつい奴らを一万選りすぐって、白鹿原の要塞に増援して欲しい。あそこなら屋根も壁もあり暖もとれる。魏の別動隊が来ていてな、陳将軍の兵だけでは少ない」
事務的にそう告げると、楊戯が嫌そうな顔をしてから下を向く。これは突っ込みを入れた方が良いかどうか……人となりを知っておくべきだな。
「楊射声校尉、何か言いたげだな」
半身だけ向けて名指しで声をかけた。李項は傍でピクリともしない、陸司馬もだ。緊張した空気が張り詰める。
「島大将軍のお傍におられる者の多くが農民出の下民と聞きました。もっとふさわしい側近をお選びになられてはいかがでしょうか」
ほう、なるほど、そういうことか。まあそういう奴だっているだろうさ、今まで出会わなかったのがむしろ不思議なくらいだ。
「俺だってどこで何をしていたか怪しいものだぞ。昔の記憶がないから自身でも解らんが」
そういう設定になっているんだよな、黙っていたら解らないし、子供の頃どうだったかは本当に知らんぞ。この身体も自分のものか、誰かの意識を乗っ取っているのかいまだに解明できていない。
「丞相のご友人とのこと、ご自身を卑下なさるのは丞相を貶めることにもなりかねません、ご自重を」
ここは仲良しクラブではないが、どうにもこいつは好きになれん。かといって戦争前に味方を切るのは得策とは言えんな。
◇
一か月で洛陽には兵が増えた、それも色とりどりの。中県から親衛隊の増員を率いてきたのは、退役したやつらだった。行軍のみを役目として、新兵らをはるばる前線まで引っ張って来たのだ。
閲兵時に目があった古参の親衛隊員に歩み寄ると「奕だったか、ここまでご苦労だった。郷に帰ったらゆっくりとしてくれ」名前を呼んで労う。すると涙を流して礼を言う。何千、何万と居る兵士の多くを覚えているわけではないが、共に生死をかけた側近兵くらいは解った。
彼らはそれが嬉しくて、誇らしくて感極まった。噂が噂を呼んで、親衛隊の間で俺への評価が高まったのを耳にする。そういうつもりで言ってるんじゃないが、黙って受け入れるべきなんだろうな。
立派な体躯をした馬に乗った部隊が入城して来る。朱色の旗を翻し、威厳に満ちた将校を先頭にだ。北営軍、首都の騎兵隊。それらが一斉に下馬すると片膝をつく。
「屯騎校尉冠軍将軍の王連であります。北営五校尉以下、騎兵四千、ただいま着陣したことを島大将軍にご報告申し上げます!」
即ち、向朗歩兵校尉、楊洪越騎校尉、寥立長水校尉、楊戯射声校尉と王連。将軍号を履いているのが彼だけなので、五人の中では一つ頭が出ている扱いになっている。楊戯は若く、恐らくは二十歳を少しでたくらい。
「数日で洛陽を出るまでは休養しておけ。詳細は李項に聞いておけ」
「蘭!のんびりしてないでお皿とか出してちょうだい」
「はいはい」
ここに来た当初は日帰りのつもりだったのに、まさか泊まることになり朝から家族で食卓を囲むことになるなんて、一夜が明けた今でも不思議だ。
「匠さんが作った卵焼き、見た目も綺麗で本当に美味しいわね」
「ありがとうございます。鄭志剛博士 お母さんが作った味噌汁も絶品ですよ。きのこが沢山入っていてだしがよく出てますね」
「ヤダ、嬉しいわ。お父さんも蘭も、私の料理を褒めることなんてほとんどないから、作りがいがないのよ。匠さん、良かったらいっぱい食べて」
「僕、朝はしっかり食べる派なので遠慮なくいただきます」
母と久我さんの会話を聞きながら、私は黙々と朝食を食べ進めた。
もしここに久我さんがいなければ、会話らしきものなんてなかっただろう。
むしろ、母にうるさく小言を言われて私が怒りケンカになっていたかもしれない。
本当に、久我さんの存在は貴重だ。
とにかく上機嫌の母は、朝食を食べ終えた後も強引に彼をお茶で引き留めた。
その結果、私たちが帰る頃には既に昼になっていた。
「良ければ昼食も家でどう?美味しいお蕎麦があるのよ」
「それはさすがに無理。もう帰るから」
「そう?残念だわ。匠さん、絶対にまた来てね。蘭が夜勤のときとか、家にご飯食べに来てくれてもいいんだから」
「いいんですか?ありがたいですね」
なんて、久我さんは母の強引な誘いに少しも嫌な顔を見せることなく、最後までパーフェクトな恋人の顔で私の実家を後にした。
「地下鉄の駅まで歩くの面倒くさいね。もう、タクシー使っちゃう?」
「いや、時間もあるしゆっくり歩こうか」
二人で地下鉄の駅までの道を並んで歩く中、どちらからともなく手を繋いだ。
付き合い始めたばかりの頃は、手を繋ぐだけでも手汗を気にしてしまうくらい、ドキドキが止まらなかった。
今はあの頃感じた緊張は薄れてきているけれど、反対に喜びは増している気がする。
「朝ごはん、作ってくれてありがとう。本当に、めちゃくちゃ美味しかった」
「本当に美味しそうに食べてたよね」
「え……顔に出てた?」
「君はわかりやすいから、口に出さなくても顔を見れば何を考えているのか大体読める」
そう言われると、途端に恥ずかしくなる。
「毎朝、あの顔を見れたら幸せだろうな」
久我さんが、前を向きながらぽつりと呟いた。「久我さんが毎朝作ってくれるなら、いくらでも美味しそうに食べるけど」
そんな返事をしてみたものの、実際に毎朝ご飯を作ってもらうなんて無理な話だ。
そもそも、私たちは一緒に住んでいるわけではない。
週に二~三回くらい、私が彼の家に泊まる。
それくらいの方が、彼にとってはちょうどいいのだろう。
私は、そう思ってきた。
「そう?じゃあ、毎朝作るから食べてくれる?」
「いや、だから毎朝って……」
無理でしょ。
そう言おうと思い、隣で歩く彼の顔を笑いながら見上げた私は、思わず立ち止まってしまった。
久我さんの顔を見て、ふざけているわけではないと悟ったからだ。
「それって……同棲しようって、こと?」
「同棲?」
「……っ、ウソ、ごめん、何でもない!聞かなかったことにして」
久我さんが眉をひそめて聞き返してきたから、一瞬で恥ずかしくなり早口でまくしたてた。
私の勘違いだったなんて、恥ずかしすぎる。
そうだ、独身貴族で自由を好む久我さんが同棲を希望するわけがない。
そんなこと、当たり前のようにわかっていたはずなのに。
何で急に、わからなくなってしまうのだろう。
だって、毎朝作るから食べてくれる?なんて言われたら、誰だって勘違いするでしょ。
……好きなんだから。
「あぁ、ごめん。そういう意味で聞き返したわけじゃなくて……」
「いや、大丈夫だから。変にフォローされる方が余計に虚しくなるし」
喋ることだけではなく、歩くことまで早くなった私は、彼が発した次の言葉で再び足を止めた。
「そうじゃなくて。君と一緒に暮らすなら、同棲じゃなくて結婚しか頭になかったんだ」
「……」
「つまり……これ、プロポーズだから」
普段どんなときでも堂々としている冷静な久我さんが、珍しく照れている。
ていうか、プロポーズされるとか、信じられない。
今、私、夢を見ているのだろうか。
本気でそう思い、片手の甲をぎゅっとつねると、ちゃんと痛みを感じてホッとした。
「どうしたの……?だって久我さん、結婚願望がないって前から言ってたじゃない」
「もちろんその言葉に嘘はなかったんだよ。君と付き合う前までは、ずっとそう思っていたし、その考えは変わらないと思ってた。でも正直、自分でも驚くぐらい変わったんだよ。気付けば結婚を意識している自分がいたんだ」
あぁ、どうしよう。
こんなときくらい、ちゃんと彼の顔を見せてよ。
勝手に目が涙で滲んで、ぼやけてくる。「君の返事を聞かせてほしいんだけど」
そう言って久我さんは、私の目に溜まった涙を指で拭い、困ったように笑った。
「嬉しいけど……本当に私でいいの?」
「そんなこと言うなんて、君らしくないね」
「だって、私家事とか別に得意な方じゃないし、仕事を辞めて家庭に入るのは考えられないし、いちいち嫉妬とかしちゃうし、ワガママだし性格可愛くないし!」
本当は、死ぬほど嬉しい。
私と結婚したいと思ってくれていること、大声で叫びたいくらい、嬉しい。
それなのに、嬉しいの後に「けど」を付け加えて、ボロボロ泣きながらベラベラと可愛くないことを言ってしまう。
この性格、本当にどうにかしたい。
ねぇ、どうにかしてよ。
「それに、後からやっぱり結婚とか重いし面倒だし自由がなくなるから無理とか言われても困るし、そんなこと言われたら私生きていけな……!」
私のうるさく動く口を止めてくれたのは、久我さんの温かいキスだった。
「いい加減諦めて、僕と結婚するって言いなよ」
「……っ」
「仕事は辞めなくていい。家事だって、時間に余裕がある方がやればいい。それから、君がワガママで可愛くない性格だってことは最初から知ってるし」
「な……」
「でも僕は、そんな君をたまらなく愛してるんだけど」
その瞬間、顔が一気に熱くなり、久我さんの顔を真っ直ぐ見れなくなった。
ヤバイ、このままじゃ、心臓がもたない。
私は咄嗟に彼に抱きつき、彼の胸元に自分の顔を押し付け、真っ赤になっているであろう顔を隠した。
「それに、嫉妬なら僕も負けないと思うよ」
「も、もういいから!」
「じゃあ、こっち見て」
無視なんて出来るはずがない。
私は隠した顔をゆっくりと上げ、彼と視線を合わせた。
「プロポーズの返事は?」
「……そんなの、イエスに決まってるでしょ」
「ハハッ、良かった」
久我さんのホッとしたような笑顔が、一層眩しく見えて仕方なかった。
私の答えなんて、わかっていたくせに。
私はもう、涙で顔がぐちゃぐちゃだ。
「甲斐は?いつまでに結婚したいとかあるのか?」
「いつまでにとかは特にないけど……まぁ、いつかは結婚したいと思うよ」
何杯飲んでも全く酔うことのない甲斐は、ビールを飲みながら自然と結婚願望を口にした。
甲斐に結婚願望があることは、us stock broker 以前から知っている。
前にそんな話を二人でしたことがあるからだ。
私と甲斐の結婚への価値観は違う。
もし私と甲斐が交際することになったとしたら、いつか必ずこの価値観の違いにお互い悩むことになる。
そんなこと、最初からわかっているのに。
甲斐と目が合うだけで、胸の奥が勝手に疼いてしまうのだ。
「結婚の前に、まずは相手見つけないとね」
「桜崎もな」
「あ、でも甲斐には彼女候補がいるもんね。ほら、あの美人の元カノ!」
そこで蘭が真白さんのことを話題に上げた瞬間、甲斐の顔色が変わった気がした。
「……何でそこで真白が出てくるんだよ」
「だって、よくある話でしょ?昔付き合ってた二人が大人になってから再会して、また恋しちゃう王道パターン。それには当てはまらないの?」
「……当てはまらないよ。女って、そういう妄想好きだよな」
今、甲斐の返答には明らかに不自然な間があった。
その不自然な間が、嫌な想像を駆り立てる。甲斐と真白さんの間に、何かがあった。
そんな気がして仕方なかった。
「じゃあ、七瀬は?」
「え?」
まだ結婚についての話題は終わっていなかったのか、青柳が私に問いかけてきた。
「七瀬は、結婚したら意外といい奥さんになりそうだよな。面倒見いいし、家事は得意だろ?」
「……そうでもないよ。多分私は、結婚とか向いてないと思う」
「そんなことないだろ。七瀬なら……」
青柳が私のことを褒める言葉が耳に入ってくるけれど、胸の気持ち悪さが徐々に増していき少しも会話に集中出来ない。
こんなことになるなら、あんなに食べ過ぎなければ良かった。
酎ハイも、飲まずに最初からお茶を選んでいれば良かった。
さすがに、このまま飲み続けるのはきついかもしれない。
場の空気を壊さずに休めるタイミングはないか見計らっていると、急に甲斐が立ち上がり私の腕を掴んだ。
「七瀬、ちょっと」
「え……」
「いいから、来て」
甲斐にふざけている様子はない。
私は戸惑いながらも、立ち上がり部屋から出て行く甲斐に続いた。
どこに行くのかと思ったら、甲斐は向かいにある私と蘭の部屋の扉の前で止まった。「鍵、開けて」
「わ、わかった」
言われるがままに部屋の扉を開け中に入ると、甲斐は私の頬やおでこに優しく触れた。
「ちょ、何して……」
「やっぱり。お前、熱あるだろ」
「熱……?まさか。別に風邪なんて引いてないし……」
でも、確かに頭がぼんやりして少しフラフラするとは思っていた。
お風呂に長く浸かり過ぎたせいだと思い気にしていなかったけれど、どうやら違うようだ。
「目も赤いし、頬も不自然に赤い。食べ過ぎで具合悪いのかと思ったけど、明らかに発熱の症状だよ。風邪じゃないなら、疲れのせいかもしれないな」
甲斐は私の手を掴んだままベッドまで連れて行き、私はそのまま強制的にベッドに寝かされた。
「どうせ、場の空気が悪くなると思って、具合悪いって言い出せなかったんだろ?」
「え……」
「お前のことなら、大体わかるから」
「……」
「お前って、変な所で遠慮するんだよな」
甲斐は呆れたように笑いながら、横になっている私の頭を優しく撫でた。
「何も気にしなくていいから、少し休んでな。何か必要なものあれば、向こうの部屋から持ってくるから」
そう言って、ベッドの端に座っていた甲斐が立ち上がった。
甲斐が行ってしまう。
そう思った瞬間、私は甲斐の浴衣の裾を掴んでいた。
「行かないで……」どこにも行かないでほしい。
誰よりも甲斐にそばにいてほしい。
熱のせいなのか、急に心細さを感じてしまう。
甲斐の浴衣の裾を掴む手が、小さく震える。
「……あと少しでいいから、そばにいてくれないかな」
私の必死さが、伝わったのだろうか。
甲斐は、わかったと言って床に座り込んだ。
手を伸ばせば、すぐ届く距離に甲斐がいる。
それがどんなに幸せなことなのか、今さらながら実感した。
「でも、こんなときに熱出すとか、何かお前らしいよな」
「どういう意味?」
「運がないってこと」
確かに、なぜこんなときに熱を出してしまうのだろうと思う。
でも、運がないとは思わなかった。
熱を出したおかげで、今こうして甲斐と二人きりの時間を過ごせているのだから。
「あのさ、そんな潤んだ目であんまり見つめないでくれる?」
「え……」
「俺、これでも結構必死で抑えてるんだけど」
「……」
「……いや、ごめん。やっぱ今のナシ。忘れて」
甲斐は急に早口になり、わざとらしく話題を変えた。
私は私で、指摘されてしまうほど見つめてしまっていたのかと恥ずかしくなる。
一気に、熱が上がった気がした。「章汰のヤツ、ぐっすり寝てて起きる気配なかったな」
「夜ご飯食べ終わるまで、すごい元気にはしゃいでたもんね。疲れちゃったんじゃないかな」
「顔は青柳に似てきたけど、やっぱ子供は無邪気で可愛いよな」
「……甲斐は、いつか結婚して子供が出来たら、きっといいパパになるね」
甲斐が子煩悩なパパになる姿が、簡単に想像出来てしまう。
甲斐は誠実な人だ。
仕事も器用にこなしながら、家庭も大切に出来るだろう。
「七瀬は?」
「私は……無理かな。子供は可愛いと思うけど、自分が家庭を持つことが想像出来ない」
「それは、自分の親のことがあるから?」
「……」
母の二度の離婚が、私の結婚への思いに多大な影響を与えていることは言うまでもない。
母が苦しむ姿を、ずっと見てきた。
夜に一人で泣いている姿を、何度も目にしたことがある。
家族を捨てて他の女性の元に行ってしまった父のことを、恨んでいるわけではない。
でも、母のことは大切にしてほしかった。
苦しむ母を見てきたからか、子供ながらに『結婚なんてしたくない』という思いが私の胸の奥に深く植え付けられてしまったのだ。