部屋へ帰る途中、沖田は桜司郎を夜の散歩へと誘う。
北総門まで無言で歩き、ぴたりと足を止めた。沖田に釣られて太鼓堂へ目を向けると、七分咲きの桜が篝火に照らされて幻想的な光景となっている。
「……沖田先生。先程は有難うございました」
桜司郎はポツリと呟くように口を開いた。植髮價錢 沖田へ目を移すと、穏やかな表情で桜を見ている。
「いえ。困っているなあと思いまして。貴女は本当に分かりやすい。間者は向いてませんね」
沖田は桜司郎へ視線を向けると、クスクスと笑った。そんなにも分かりやすいのか、と桜司郎は気恥ずかしそうにはにかむ。
「お恥ずかしいです……。あの…沖田先生は、江戸行きのお話どう思いますか」
「私は……良い話だとは思いますよ。貴女の記憶がそれで戻れば万々歳じゃないですか」
そう言って微笑む沖田を見ると、桜司郎は胸の奥が痛んだ。敬愛する沖田に隠し事をしているという事実が良心の呵責を感じさせる。
「そう、ですよね。後は性別がバレてしまわないかが心配です」
困ったようにそう笑う桜司郎の横顔を見ながら、沖田はそっと左手を桜司郎の頬へ伸ばした。
「お、沖田先生?」
突然の行動に困惑する桜司郎を他所に、沖田はそっと触れる。触れた箇所が徐々に温度を増した。
──一年前に会った時よりもずっと らしくなった。この人はそうあることを望まないのだろうが、これが性別なのだろう。
沖田は未だに時々桜司郎を入隊させたことが正解だったのかと悩んでいた。
自分が勝手に桜司郎の居場所を新撰組だけだと決め付けているのではないか、女子として生きた方が良かったのではないかと。
桜司郎の決意を何度聞いても、その存在が沖田の中で少しずつ大きくなる度に呵責は生まれるのだろう。
それに西本願寺へ屯所が移ってから、桜司郎の部屋は相部屋となってしまった。その事が沖田の心に影を落とす。
飢えた男達の中で麗人が暮らすということは、いつ武田のように暴走した隊士から手篭めにされても可笑しくはない。それにいつも傍に居られるとも限らない。
いくら桜司郎が とは云っても、そういう場面で力が発揮出来る保証は無かった。
いつか"また"桜司郎が傷付くことになるのではないかと、それが怖かったのだ。
「……もし、旅の過程で で暮らしていくのは難しいでしょうね」
沖田は憂うような表情を浮かべてポツリと呟く。
「大丈夫ですよ、もし女子だと分かっても土方さんなら悪くはしないでしょう」
桜司郎の頬から手を離すと、沖田はその頭をそっと撫でた。
例え、土方が怒って江戸へ置いてこようとしても、彼の実家は地元では有名な豪農である。良い縁談など山ほど舞い込んでくるのだ。情に厚い土方ならば口を利いてくれるだろう。
記憶を取り戻す糸口があり、かつ女子として幸せに生きることが出来るかもしれない江戸は、魅力的な場所なのではないか。
そう思った沖田は視線を落とす。
だとバレてしまうなら、この先も 一方で、この一年の付き合いで何となく沖田の思いを推し量ることが出来るようになっている為か、桜司郎は沖田の微妙な変化に気付いていた。
──沖田先生がこの様に寂しそうに笑う時は、その胸に複雑な思いを抱えている時だ。何かあったのだろうか。
桜司郎は沖田を見上げる。その背後には朧月が儚く浮かんでいた。
今後女子だと露呈することを懸念しているのであれば、江戸行きの過程を乗り切ってそれを示せば安心してくれるのだろうか。