桜司郎はさとの背中が見えなくなるまで、その場に立ち尽くした。
休んでいた筈の桜司郎がこの場にいる経緯はこうだ。
原田に休めと言われ、布団に入ったは良いものの全く寝られなかった。沖田が横で寝息を立てるのを見届けてから、こっそりと抜け出して副長室を訪ねたところ、この大任を仰せつかったのである。
明け方に見た土方の憔悴し 安全期計算 た表情がどうしても頭から離れず、何かの役に立ちたいと思ったのだ。
桜司郎は小さく鼻を啜りながら空を見上げる。灰のかかった雪雲と青黒い空の色が頭上に広がっていた。星も月も見えない。
休息所を探すのに随分と手間取ってしまった為に、もう夜が来てしまっていた。
前川邸へ向かって歩くと、山南の軟禁されている部屋からは小さな灯りが漏れている。そしてその格子窓の近くに人影が見えた。
目を凝らして見ると、その人物が見えてくる。
「斎と──」
名前を呼ぶと、その人物は素早く近寄ってきては手で桜司郎の口を塞いだ。
そして耳元に口を寄せては小声で囁く。
「…静かに、声を出すな。こうなれば、居合わせた不運として同罪になって貰う」
斎藤は一方的にそう言うと、先程立っていた場所へ桜司郎の腕を引っ張って連れていった。
雪が肩に積もることも気にすることなく、耳をそば立てる。
──つまり、盗み聞きという事だろうか。だが真面目な斎藤先生がやる事だから、何か意味があるのかもしれない。
そう考えた桜司郎は、罪悪感を打ち消すと同じように耳に神経を集中させた。
「──まさか貴方まで来るとは思いませんでしたよ、土方君」
部屋の中からは山南の声が小さく聞こえる。どうやら、土方が訪室してきたようだった。
「まで、ってことは他の奴らも来たのか。…まあ、そりゃあそうだよな。俺は、お前に聞きたいことがあってよ」
「何でしょう。私に分かることであれば」
山南は前に座るように、手で促す。土方はそれに誘導されるように胡座をかいて座った。
「俺ァ、奥歯に物が挟まったような物言いは嫌いだからな。単刀直入に聞くぜ。山南さん…何で逃げなかったんだ」
その質問に、山南は少しだけ驚いたような表情になる。そして困ったような笑みを浮かべた。
「ふふ…」
「何が可笑しいッ」
突然笑い声を零した山南へ、土方がムッとしたように眉間に皺を寄せる。
「いえ、それだと私に逃げて欲しかったように聞こえますよ」
「どう捉えようと、お前の勝手だ。……俺が、何故総司に行かせたのか分からねえのか」
山南程の頭の切れる人物ならば沖田の追跡から逃れることなんて造作もないことだ。
そして山南を兄のように慕う沖田なら、逃がそうとした筈だ。
何故、山南はいつも思い通りにならないのか。
「広間で申し上げた通りですよ。私が、新撰組に帰りたがったんです」
いつもの穏やかな表情でそう言ってのけるが、土方は納得が行かないと言わんばかりに追求の手を強める。
「建前はどうでもいい。…俺の前で、建前なんざ言うのは止めてくれよ。お前が嘘を吐いているかどうかくらい、分からねえとでも思ったのかッ」
見くびるなよ、と土方は拳を強く握った。山南と土方の間にあるのは、近藤のそれとは違う信頼関係である。
だと言うのに、山南は最期まで嘘を突き通そうとしていた。それが土方は許せなかった。その指摘に山南は瞳を揺らす。ごくりと息を呑む音が部屋に響いた。
いつも獲物を狙う獅子のように鋭い、土方の視線が今日は弱々しい。
それを見た山南は思わず俯いた。それから力無い声で話し始める。
「……幹部の。総長の私が、局中法度に従って切腹したとなれば」
行灯のか細い火の揺らめきが表情に影を作った。
「もう誰も、法度を