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Izanagi's Blog

意識のない詩は丸薬を飲めず

意識のない詩は丸薬を飲めずーー丸薬も牙蔵が注いだ水も、その小さな唇からこぼれ落ちた。

 

その瞬間、牙蔵は丸薬を素早くかみ砕くと水を含み、詩の口を塞いだ。

 

「…っ!!!」

 

信継は為すすべもなくーー目も逸らせずそれを見つめる。

 

ピク…と詩の瞼がわずかに震え、その喉が小さくコクンと鳴った。

 

「はっ…」

 

牙蔵は唇を離すとグイっと口を袖で拭い、世界公民 詩を信継に預ける。

 

「処置は済んだ。

解毒剤も飲めたし助かるはず…だが、しばらく熱が出るよ」

 

「……」

 

信継は驚きを隠せないまま、牙蔵を見つめた。

 

「…わかった…」

 

いつも冷静沈着な牙蔵。

付き合いの長いその牙蔵がーーこんなに必死なところは、信継も初めて見たのだ。

 

背を向け歩いて行く牙蔵。

信継は詩をしっかり抱きしめ、その顔をじっと見つめる。

 

「…」

 

さっきよりは幾分ましになった呼吸音ーー信継は静かに詩の額に口づけた。

 

 

ーーーーーー

 

「もう!爺!!なにすんのよ」

 

高齢のおじいさんは、厳しい顔で鼎を見つめた。

 

「…お前は変わらないな」

 

「…」

 

詩の介抱に必死な信継と牙蔵の代わりに、那須はじっとそのやり取りを見ていた。

 

「…変わらないわよ?

 

面白いことが好きなの」

 

「…」

 

おじいさんはじっと鼎を見ている。

 

「面白いものがないと生きてる気がしないのよ」

 

「…今は相嶋が面白いのか」

 

鼎はニヤッと笑った。

 

「…面白いわよ?

 

でも、今日…もっと面白いものを見つけちゃった」鼎の視線の先には、詩を抱いて助けようと必死な牙蔵と、信継の姿。

 

おじいさんの眉がピクっと上がる。

 

「…何かの間違いだろう…面白いとも思えないが」

 

鼎はフッと笑った。

 

「…面白いわよ?

 

あの小娘…」

 

「…」

 

鼎は夢見るように微笑んだ。

 

「殺すより生かした方が遥かに面白そうね」

 

「…」

 

おじいさんが口を結んで鼎を睨む。

 

「殿に報告するわ。

 

可愛い人形を見つけたって。

 

ふふ…きっと欲しがるでしょうね。

 

…また今度、貰いに来るわ」

 

そう言うが早いか、鼎はサッと姿を消した。

 

「…」

 

おじいさんは小さくため息をつく。

 

鼎が山を飛び降り去って行く。その気配はあっという間に消えた。

ーー同時に牙蔵がおじいさんの隣に立った。

 

「…久しぶりだね」

 

おじいさんは牙蔵を見つめた。

 

「…お前も…ちゃんと解毒薬を飲みなさい」

 

牙蔵は苦く笑う。

 

「…慣れてるからいい」

 

「…」

 

母の胎の中にいた頃からーー毒にはーー

 

おじいさんは苦く言葉を飲むこむ。

 

「…あの子が三鷹の?」

 

牙蔵は小さく頷いた。

 

「…やっかいな相手に目をつけられたもんだな」

 

おじいさんがため息交じりに言う。

 

「…」

 

牙蔵はフッと笑った。

 

「大丈夫だよ」

 

「…」

 

おじいさんの目には、不安など一つもなさそうに微笑む牙蔵の顔ーー

 

「牙蔵…お前変わったな」

 

おじいさんは牙蔵にボソッと言った。

 

牙蔵は目を一瞬細める。

 

「…変わらないよ。何も」

 

「…」

 

おじいさんは一瞬微笑みーーそれから瞬きを一つすると、牙蔵を見た。

 

「…あの子が目を覚ましたら伝言を頼みたい。

 

三鷹の松丸と栄さんは私のところにいると。

 

お前のとこのには言っていたが…お前はまだあの子に伝えてないのだろう?」

 

「…」

 

牙蔵の脳裏に詩と出会ったあの時の映像が浮かぶ。

 

手負いの三鷹の忍と、ババアーー

 

詩が無事を聞けば、きっと笑顔で喜ぶ。

あれはそういう人間だーーと、牙蔵は小さく笑った。

 

「…松丸は…必死で訓練しているが…

 

もう元通りにはならないかもしれない」

 

「…」

 

「…右腕は、な」

 

「…」

 

「今日は信継様の噂を聞いてーー何やら胸騒ぎがして来てみたが…来て良かった。

 

鼎は本当にどうしようもない」

 

「あれはバケモノだね」

 

牙蔵がさらりと言うと、おじいさんが眉を寄せた。

 

「あれをこの世に生み出したものとして…責任を取るつもりだ」

 

「…」

 

牙蔵はもう何も言わずーー黙って信継と詩を振り返る。

 

と、少し離れたところに、気を失ったままの龍虎を馬に乗せた育次がいた。

 

「…」

 

牙蔵と目が合うと、育次はまたぺこりと頭を下げる。

 

おじいさんがニコッと笑って育次の元に歩いた。

 

「…」

 

牙蔵は振り返らずに蠟梅の林へと足を向ける。

 

那須をチラっと見て、ボソッと言った。

 

「適当に刈って帰るよ」

 

「はっ」

 

那須と牙蔵は手際よく、枝ぶりのいい蠟梅を切って行くのだった。

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