としか申しようがない」
永倉は、蕎麦がきを口に運ぶ箸をとめていった。あっ、訂正しよう。箸をもつ掌はとまったが、それは徳利をつかむためであった。かれはいっきに持論をぶってから、をつかんでかたむけ、「ごくごく」と牛乳を呑むみたいに芋焼酎をあおった。
内容も衝撃的であったが、呑み方も衝撃的すぎる。
いったい、どんだけ酒豪なんだ?正直、ひいてしまった。じゃねぇとな」
「たしかにそうですよね。生髮藥 まぁ、副長は子どものはあうんじゃないですか?」
「なんだと、主計?この野郎っ!おれのことをいったいどうみてやがる。いくらおれでも、
からそういう方面にかけてはかなりイタかったらしいですし、とかそのあたりで生まれたのなら、を孕ませ……」
激怒からのフェードアウト。
なんだ。やっぱり心当たりがあるんじゃないですか、副長?
「あははは!ヒィ・イズ・ア・パーバート!」
ちょっ……。
またしても、現代っ子バイリンガル野村の暴言である。
「いまのはどういう意味なのかな?」
もちろん、好奇心旺盛な永遠の少年島田が、いまの英語をしりたがるにきまっているよな。
「いいんですよ、島田先生。いまの訳をきいたところで、まったく、まーったく役に立たないんですから」
「それでもかまわぬ。知識は邪魔になるものではないからな」
なんと、島田が学校の先生みたいなことをいってきた。
「いまのは……」
「ぽちっ、ストップ!」
「副長のことをすけべ……」
「ぽちっ、まてっ!」
いらぬことをのたまおうとする俊春に、つい犬に命じるみたいに怒鳴ってしまった。
「ウウウウウウウウウウッ」
ああああ……。
相棒が、またしても
「ちょっとまちやがれ、新八。だとすりゃぁ、があわねぇじゃねぇか。ぽちたまがおれの餓鬼とすりゃぁ、どう見積もったってまだ元服してねぇでなきゃおかしいだろうが。それこそ、の餓鬼どもくらいのかわいさにおれにたいして牙をむいている。
『なんでこんな展開ばかりやねん?なんの話しとったか、忘れてしもたわ』
って関西弁でつぶやきつつ、がっくり両肩を落としてしまった。
結局、俊春は島田に、野村のいった暴言の意味を教えてやった。
『かれはスケベ野郎』
だと、トランスレイトしたのである。 そんなハプニングだらけの呑み会であったが、半次郎ちゃんも別府もげらげら笑って愉しんでいたようである。
割を喰ったのはおれである。
しかし、これも「笑いをとった」、「ウケた」というところでは、関西人のおれとしては上出来であったのではなかろうか。
これ以降、半次郎ちゃんや別府は、相馬主計という男の名を、新撰組の「ギャグメーカー」として心と脳裏に刻んでくれるはずである。
ということは、だれかに語る、あるいは証言することになれば、「ああ、相馬?たいしたことないない。あれは、からいじられたりするだけが取り柄の害のない男だ」と告げるかもしれない。
もちろん、公式には無理である。いまこうしていることじたい、それぞれが墓場までもっていかなければならぬほどのシークレットな出来事なのだから。
ゆえに、おれがこの終戦後に「おねぇ暗殺」の嫌疑をかけられても、おれの人格やおこないを肯定したり証言できないわけである。したがって、嫌疑を晴らすことはできない。
当然、断罪されることになる。
そこは、じつに残念なところではある。
それは兎も角、そんな深夜をすごし、いま、である。
倦怠感に襲われつつも、もそもそと起き上がってから、布団をたたんだ。
周囲のみんなを起こさず、さらには踏みつけないよう注意をしつつ、部屋から縁側にでてみる。
相棒がいない。
ぜったいに、厨にいっているんだ。
最近、おれは相棒のおれ離れにすこしずつ適応してきている気がする。いやちがう。もしかすると、その反対かも。つまり、おれの相棒離れ、かも。
おれになにがあろうとも、相棒には面倒をみたり気にかけてくれるがごまんといる。これは、文字どおりの意味である。相棒がただ道をあるいているだけでも、犬好きや狼好き、って、世のなかに狼好きっているのかどうかはしらないが、はやい話が相棒をまったくしらぬでも、喰い物をやったり水をやってくれるだろう。
が、これがおれとなるとそうはいかない。道をあるいていて、いき倒れたとしても、百人中九十九人はスルーするはずだ。残り一人は、いき倒れたおれから身ぐるみはがそうとする悪人か、どんな者にでも善意の手を差し伸べるような神や菩薩レベルの善人のどちらかだ。それも、そういう善人悪人が、ミラクル的に通りかかった場合にかぎる。
つまり、フツーは放置プレーってわけだ。
相棒とおれ、どっちがこの動乱の時期をのりきれるかはいうまでもない。
って、愚痴るのはやめておこう。
縁側から庭にでて井戸まであゆみつつ、ついため息をついてしまった。
朝食は、至極しずかであった。
ってか、つい数時間まえ、あれだけ呑み喰いしたというのに、永倉も島田もすごい勢いで喰っている。いまはもう競争相手がいないので、二人舞台で喰いまくっている。
二人とも、痩せの大喰いってわけではない。かといって、けっして太っているわけでもない。
喰ったものは、いったいどこにいっているのだろうか?
不可思議でならない。
いや。こういうことをかんがえるのはよそう。きっとダダもれしている。野村あたりが「うんこネタ」を振ってこないともかぎらない。いや、きっと振ってくるにちがいない。
「そういえば、「でこぴん野郎」がいっていた「ふぐがおどってる」だの「豆腐がどうの」ってのは、どういう意味だったんだろうな」
上座の西郷の右斜めまえで食している副長が、みそ汁の椀から箸で豆腐をつまみあげながらいった。
『ふぐがくる。ふぐがおどっておる。ふぐが教えてくれる。豆腐がふぐをみて笑っておる。豆腐は、ふぐとはおどりたくないと申しておる』