その中で最大兵力を有しているのは、実はノーバーではない。トネーガという五十男で、五千人の兵士を有していた。ノーバーの兵力はこれに次ぎ三千人あまりである。ノーバーが代表者たり得ているのはモスカ夫人に上手く取り入っていた事も一因しているが、トネーガが良く言えば一徹者、悪く言えば融通の利かない人物で、貴族を一纏めにして各々の利害を調整するような事には向いていなかった為である。(トネーガに蹴落とされる事は無かろうが、貴族軍を従える太子達にとっては、自分のように目端の利く人間よりはトネーガの方が扱い易いに違いない。まして、捨て石にする腹積もりなら尚の事。) とノーバーは勘繰らずにはいられない。マッコレの話にあった通り、太子達ボルマンスク首脳に対して膨らんだ疑念から、どんな罠が仕掛けられるかと不安が頭から離れず、身辺警護を一層厳しくしている 試管嬰兒流程圖 ノーバーであった。思えばこの貴族も、国王バブル六世の毒殺、ステルポイジャンによるバトリスク一族虐殺、ステルポイジャン軍潰滅後のゲッソリナに湧いて出た魑魅魍魎のような輩達・・・・・・。そして、モスカ夫人を捨て殺しにした我が身も含め、おぞましい人間地獄絵巻きを見てきたのであった。マッコレ以下の厳しい監視は、自分を排斥する為の理由探しに思えてならない。自分の陣屋で、選りすぐりの百余名の護衛に守られながら、ノーバーは怯えていた。『気を付けよ、ノーバー。』 折も折、そんなノーバーの耳に突然、女の声が響いた 聞き覚えのあるその声にギョッとなって、ノーバーは声のする方に目をやった。既に夕方から夜に移ろうとしている。兵士達が篝火を燃やし始めたところであった。薄暗がりの中目を凝らすが、声の方角には誰も居ない。(空耳か・・・・・・。しかし、この声は。)私も大分疲れているようだ、とノーバーが吐息をついた瞬間である。『今宵、マッコレがお前を殺しに来るぞよ。恐ろしかろう、ノーバー。妾を裏切った汝に安息の日はないぞよ。』 再びノーバーの耳に同じ声が響き、ふははは、と最後は不気味な笑い声で結ばれた。それは死んだはずのモスカ夫人のものであった。ノーバーの耳はそう判じていた。ノーバーは目を血走らせて、前後左右を見た。彼を護るべく大勢の兵士が周りに近侍している。しかし、声の主と思える者の姿は無く、又自分以外にその声を耳にした様子の者もいない。(まさか、怨霊・・・・・・。いや、気の迷いだ。)気が狂いそうだ。いや、狂い初めているのかも知れない。ノーバーの額に冷たい汗が浮いていた。「嫌な予感がする。ここの兵士をもっと増やせ。配下の兵士にも備えを怠らぬよう周知せよ。」気の迷いと思いつつも、ノーバーは側近の兵士にそう命じた。 夜半過ぎ、ソコハケン平野の野営陣地の一角に突如火の手が上がった。「出会え、曲者だ。」「敵が紛れ込んだぞ。 忽ち騒ぎになる。歩哨兵が駆け回り、寝ぼけまなこで起き上がって剣を手にする者達が続く「ノーバー卿、ご無事か。」騒ぎが広がる中、ノーバーの陣屋にマッコレが十数名の配下兵士を引き連れて走り込んで来た。「私は、無事だ。何事の出来(しゅったい)であるか。」寝間着姿のノーバーが立っている。