「何しろあの今川との戦じゃ。決着がつくまでに幾日要するか分からぬ。場合によっては七日、十日、はたまた一月(ひとつき)かかるか…」
「そんなにでございますか!?」
「さすがに一月は大仰やもしれぬが、少なくとも行って帰って来るだけでも二、三日は要するであろう。
儂が長く城を空けると知れば、他の敵方が……特に清洲の信友らが、大軍勢を引き連れてこの那古屋城へ攻め寄せる恐れがある」
「清洲様が?」【低成本生髮?】 什麼是生髮精油?有用嗎?
「我が首を狙わんと、こちらの隙ばかりを窺ごうている連中じゃからな。
最近では末森城の信勝のもとへ出向き、何やら良からぬ事を企んでいる気な様子」
「…まさか。あのお優しい信勝様に限って、実の兄上である殿を裏切るような真似は致しますまい」
「だと良いがな」
はっと短い溜息を漏らすと
「いずれにしても、親父殿に城番の軍勢一隊でも遣わしてもらわねば、こちらも安んじて出陣する事が出来ぬ。
儂の留守中に、この城ばかりか、町にまで火を放たれては大変じゃからな」
信長は如何(いか)にも城主らしい、威厳に満ちた面構えで言った。
「そこでじゃ、お濃、そなたに頼みがある」
「何でございましょうか」
「使者を美濃へ遣わすにあたり、そなたに文を一通したためてもらいたいのだ」
「お文を?」
と一言呟くなり、濃姫はすぐに察しを付けたように、やんわりと微笑んだ。
「承知致しました。紙の上であろうとも、必ずや殿の御為に、父上様のお心を掴んでみせまする」
姫は打掛の褄(つま)を引き、そのまま立ち上がろうとする。
「暫し待て──。そなた、いったい誰に宛てて文を書くつもりじゃ?」
「ですから美濃の父上様に…」
「そうではない。考え違いを致すな」
濃姫は思わず「えっ」となり、浮かせかけた腰を再び畳の上に下ろした。
「軍を派遣していただけるように、父上様を説得する文を書くのではないのですか?」
「親父殿への説得は使者の役目じゃ。左様な事を一々そなたに頼んだりしては、こちらの信用を疑われてしまうわ」
「でしたら、私は誰に宛てて文を書けばよろしいのです?」
「小見の方殿にじゃ」
「小見…、母上にでございますか?」
この夫の口から、我が母の名前が出て来るとは思いもしなかった濃姫は、目を二、三度ぱちくりさせると
「何故(なにゆえ)に、母上様に文を書かねばならないのです?」
第一の疑問を率直にぶつけた。
「今川を叩き潰したいのは親父殿とて同じじゃ。それ故、儂がその為の援軍を寄越してほしいと申せば、
尾張と美濃、同盟国の絆も相俟って、親父殿は喜んで一軍を遣わしてくれるであろう」
信長は自信たっぷりに言うと
「…じゃが、思うようにばかり行かぬところが、蝮の親父殿の怖いところよ」
ふとその表情に陰りを見せた。
「頭の回る親父殿のこと、援軍派遣を口実に、美濃の者らに儂の動きを探らせ、
出陣した隙をついて、何万もの軍勢でこの尾張に攻め込んで来るやもしれぬ」
「そ、そのような事はございませぬ!父上様はあれでも情に厚きお方。
一度お認めになられた者を裏切るような真似は決して致しませぬ!」
姫が語調を強めて言うと
「ああ、儂も左様に思う」
と、信長は笑顔で頷いた。
「案ずるな、今のは万一、仮にの話じゃ」
「……」
「ただ、そういった可能性も捨て切れぬ故、万が一にも親父殿がこちらの意を汲んでくれぬ時、
または誤った決断をなされようとした時に備えて、こちら側に立って説得に当たってくれるお方が必要なのだ」
「では、いざという時の説得役になって頂く為に、母上に文を書いてお願いしろと?」
「おお、なかなか察しが良いのう」
「……されど、何故にその役目が母上なのです?」